2015年6月7日日曜日 劇団回転木馬 「シグナルとシグナレス 土神と狐」
さぬき市志度音楽ホール研修室
観に行ってきました。

市民劇で一緒だったやのくんとこの劇団です。
案内をもらった時に、「おお、宮沢賢治やるんか~。じゃ、行く行く~。」と気軽に返事をしたのですが、アクセスを調べたら地名が付いためっちゃメジャーそうな名前のホールなのに、駅からはタクシーで十分くらいかかるらしい。バスが市内を走っているようだったけれど、ホール行きのバスというわけではないらしいので、自家用車で行くことにしました。駐車場(・・・というより駐車スペース)はわりと広く、300台ほど停まれるそうです。

 会場に入るとアマチュア劇団ならではの来場者層の広さ。そしてアットホーム感。というか、親戚感?よその家の法事にうっかり紛れ込んでしまったような感覚にソワソワしながらも平静を装いつつ、も、いつもとは違って粗相のないように隅っこの方に座ろうとしたら、斜め後ろのおばちゃんが「そこはちょっと・・・。」し、失礼しました!!新参者ゆえ作法もわからずかえってお邪魔でしたか!と恐縮しながら席を移動すると「・・・なんかそこ空調直撃なんよね~」おおお、見ず知らずのわたくしめに何という親切!かたじけない!よく見ると知り合いの顔もチラホラでちょっと落ち着きました。

「シグナルとシグナレス 土神と狐」と公演タイトルにあったので、二本立て公演なんだと思って行ったのですが、シグナルとシグナレスの物語の間に土神と狐が挟み込まれる形での上演でした。もっと正確に言うとマッシュアップというのかなあ。「シグナルとシグナレス」は信号機どうしが愛を語り合うという、あどけなくロマンティックで、どこか神秘的な話です。信号機ですから触れ合うこともなくただただ見つめあって愛を語る。あー素敵。

ですが一方の「土神と狐」は、マドンナ的存在の樺の木をめぐる土神と狐の簡単に言ってしまうと三角関係っぽい話で、なんちゅーか、わりと重い感情を扱った物語です。

あどけなさや単純さとは、どのような形であれ、生きていると決別しなくてはならない瞬間がくることを考えさせられる話なのですが、この「土神と狐」を挟み込むことによって、「シグナルとシグナレス」の美しさや尊さが際立つようでした。「シグナルとシグナレス」が好きな私としては満足。

どうでもいいことですが、この後、家に帰って冷めてパサパサのパンケーキにモーのいちごチーズケーキ味をはさむと結構おいしいことを発見しました。

あと個人的には前説をするやのくんの滑舌が良くなっていたので驚き、「やのくんめっちゃ滑舌よくなってるやん!!」とメールをうったら、「全然や」とかえってきました。
いや、絶対よくなってるって。

この日はマグダレーナさんの沈黙のポセイドンも夜観に行きました~。

11401578_1661346467431655_5650988433087303197_n

11401017_1661346500764985_8934724016845823045_n

11401283_1661346584098310_6098638672282000569_n