こんぴら歌舞伎が始まるのは、ちょうど桜の咲く時分だ。町の至る処に、色とりどりの幟がすっくと立つ。お練り行列こそ観に行ったことはないものの、浮かれ気分にもなろうというもの。こんぴらの町に、また春がやって来たのだ。

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熱心な歌舞伎ファンでなくとも、一度くらい観ておいた方がいいのは、日本最古の芝居小屋「金丸座」で興行される「こんぴら歌舞伎」だ。小難しそうと思う人もいるかもしれない。しかし、歌舞伎とは元々、江戸時代のエンターテインメントなのだ。実際に観てみると、これが結構わかりやすいんだな。

しかし、香川に住んでいる人間にとっても、チケットを取るのは至難の業である。何せ、歌舞伎ファンは日本中、いや世界中からやって来るのだ。特に、昔ながらの歌舞伎小屋で観るという特別感は、ひとしおなのであろう。

今年は何とかぶじ取れた。なかなか着る機会のない着物を着て、パートナー(右)といざ金丸座へ。

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午前の部、午後の部とあり、今年は午後の部にした。選び代がなかったというのもある。しかし、どんな演目なのかは実際に観ないとわからないのだ。蓋を開けて何が飛び出すか、それもお楽しみのひとつである。

今回特筆するのは、「芦屋道満大内鑑(あしやどうまんおおうちかがみ) 葛の葉」。

ある男の妻となり、愛しい男児までもうけた女の名は「葛の葉」。しかし、彼女の正体は、かつて男が命を助けたキツネであった。恩返しのために、人間に化けて男と一緒になったのだ。キツネが変身のモデルにしたのは、実在する人間の娘「葛の葉姫」。その本人が男を訪ねて来たもんだから、すったもんだ。ついに、正体がばれそうになる。どうせばれて辛い思いをするくらいなら、いっそ男にも子どもにも黙って故郷の森に帰ってしまおう。葛の葉は泣く泣く、家を後にする。昼寝をしている間に去ってしまった葛の葉を追いかけて、男は子どもと一緒に家を飛び出した。

「例え葛の葉がキツネであったとしても、俺の葛の葉に注ぐ愛は何ひとつ変わらない。それは子どもとて同じだ。」

この話の冒頭には、ひとつの見どころがある。男を訪ねてやってきた人間の葛の葉姫と、妻である葛の葉の一人二役。セットの上手と下手で、役者の中村時蔵が着物早変わりで魅せる。舞台裏がどうなっているのか、観客からは判らないが、ほんのわずかな時間で衣装ががらりと変わってセット上手の窓から顔を出す。それに起こる拍手。

飽きさせない工夫は、他にもある。葛の葉が妖術を使い、自分の素性をキツネだと観客に判らせる場面。スッポンから突然現れたと思ったら、遠隔で扉を開閉させたり、屏風を裏返したり、子どもを翻したりする。もちろん、ピアノ線は見えているし、大したカラクリではない。それでも、それがひとつのインパクトとなり、観客の歓声を誘う。

また、この作品では建て込みが多かった。幕間には、緞帳の向こうで大工仕事をする音が盛大に鳴り響く。それもそのはず、何度目かの場面転換でびっくりする仕掛けがあった。葛の葉が子どもを抱え、セットの裏にある部屋へ移動を始める。すると何と、回り舞台の上に建てられた家のセット毎、葛の葉の歩みと共にぐるり回転を始めたではないですか!歩く速度と、セットが回転する速度が同じだから、歩いている葛の葉は常に舞台正面に位置するという仕掛け。これにはさすがに度肝を抜かれた。映画の3DCG的な演出が、歌舞伎には江戸時代すでにあったんだという事実。後日、とある演出家の方にその感動をお話ししたら、世界中の演出家もまた然りだそうで、真似する人が多いらしい。

そしてもう一つ。セットの裏にある部屋へ移動した葛の葉は、男へのメッセージを和歌にして、墨と筆で障子いっぱいに書きつける。これはまさかの、ライブペインティングではないか。それを演目の中でやるとは、何ともゴージャスだ。

また途中、キツネの面を被って踊るシーンがある。手をキツネのように突き出し、妖しく踊る。コミックスの世界には、猫耳とか擬人化した動物が出てくることがあるが、それらのルーツはひょっとして歌舞伎にあったんじゃないか?そんなこともつらつらと考えてしまった。

「温故知新」とはまさにその通りだなあと、今年の春はこの演目に触れてひどく思わせられました。来年も観れますように。

ashiya